神様のお話
神様のお話。
何度か、「女優をやめよう」と思ったことがあります。
具体的に「何が辛くて」というのは
書けない部分もあるので、カツアイしますが、
「もうだめだ。やっていけない」
そう思って、マネージャーに手紙を書きかけたこともあります。
でもやめなかったのは。
やめられなかったのは。
今もやめられないのは。
もう一度、どうしても神様に会いたいから。
私は、一度、「神様」に会ってしまったのです。
(注意:宗教のお話ではありませんです(^^;))
聞いたこと、ありませんか?
「芸の神様」。
「芸の神様の降臨」を経験してしまったために
やめられなくなってしまった。
もう一度、もう一度、あの快感が欲しい。
もう一度、あの神様に会いたい。
その想いが、やめたくなった私を
いつも引き止めてきました。
神様は、俳優の水谷豊さんが
連れてきて下さいました。
いや・・・連れてきたのではなく・・・・・。
水谷さんそのものが、神様だったのかもしれません。
今から、もう、12年前。
私の殺陣の師匠である、アクション監督の高瀬将嗣先生は
日本テレビ系の連続ドラマ
「刑事貴族」のアクションを担当なさっていました。
ある時、高瀬先生が、私を
ゲスト出演の、ある役に推薦してくださり、
出演が決まりました。
「ホテトル嬢・明美」
それが私の役名。
事件で殺された覚せい剤中毒の男と、
事件直前にラブホテルで関係を持った女の役。
出演シーンはワンシーン。
でも、台本2ページ半、
水谷豊さんとほぼ二人の掛合いという
重要な場面。
台詞、全部覚えてます。忘れられません(笑)。
レストランでひたすら食べている明美。
写真を見せる本城
本城:「こいつ?」
明美:「(見て)そう。」
本城:「いつごろ?」
明美:「5日前」
本城:「で、こいつ、金もってた?」
明美:「そうでもなかったな。値切ろうとしたからさ、
冗談じゃない、って言ってやったのよ。
そしたら・・。」
本城:「!そしたら?!」
明美:「ねえ、デザートもらってもいい?」
本城:「え?!あ、いいよ。うん」
明美:「ラッキー!すみません!ケーキ、5.6個お願いしまーす!」
本城:「な、なんで5.6個?!」
男:「あ、すみません、こいつ、仲間がいるもんで」
本城:「あ、ああそうなの、そう、いいよ、うん。」
明美:「ラッキー」
本城:「で?」
明美:「あ、そしたらさ、本当は金、持ってるんだ、って言ってた。
今どこかに預けてあるんだって。そのお金」
本城:「どこに?」
明美:「知らない」
本城:「他に何か言ってなかった?」
明美:「他に?ああ。誰か探してるみたいなことも言ってたかな」
本城:「誰を?」
明美:「知らない。ただ、もう一人いるんだって言ってたよ」
本城:「もう一人・・・・。」
明美:「何がもう一人なんだか、よくわかんないけど。
・・・覚せい剤やってたんだって?あの人」
本城:「うん・・・どうもありがとう。助かったよ」
この場面を・・。
どうやろうか、と。
特別な台詞ではない。
普通にしたら、普通になってしまう。
「ちゃんと芝居できる子だからって推薦しておいたから、
がんばってね(^^)♪」
という、高瀬先生のお言葉は
とても嬉しくもあり、プレッシャーでもありました。
大好きな高瀬先生の顔をつぶすわけにいかない!(T^T)
自分が上手くやりたいということ以上に
思ったのはそのことでした。
兎に角読む。声を出して。
いろんなパターンで読む。
鏡を見て、顔の表情を見ながら読む。
お風呂の中で、読む。
見つからない。
どう読んでも、私の芝居は面白くない。
どうしよう。
風呂場で、何度も台詞を浚う私の声を
隣のトイレで聞いていた母が一言。
「ねえ、その台詞、面白くない。
全然つまらないよ。それじゃあ」
(T^T)!!
母は元女優。
私よりはるかに芸の才能のある人・・。
その母の指摘は痛い。
「明美」という人をどう表現していいか
見つからないまま、
撮影の朝を迎えました。
世田谷区の東宝撮影所に朝7時に集合。
8時支度済み出発予定
(撮影所でメイクを済ませ衣裳も着て、
ロケに出発、の意味)。
衣裳に着替え、メイク室に入って
メイク開始。ドラマではほとんどメイクは自分でやります。
「ホテトル嬢だから、厚化粧にしていいです」
と、メイクさんの指示。
メイクさんが髪を巻いて、
可愛いポニーテールを作ってくれます。
と、そこへ、水谷豊さんが入ってきました。
挨拶!挨拶しなくちゃ!!
「あの、水谷さん、おはようございます。今回、
明美の役をやらせていただきます
河合亜美と申します。よろしくお願いいたします」
水谷さんは、にっこり笑って
「オッケー♪オッケーよ〜〜ん♪」
私は心の中で
うわあ・・・。そのままの水谷豊だ・・・。
とつぶやきました・・・(^^;)。
ロケバスに乗って、現場(新宿のレストラン)に到着。
助監督さんの指示通り、撮影位置に座ると。
水谷さんが、私に仰いました。
「ねえ、そのジャケット、脱いでさ、
肩に羽織るようにしなよ」
「え?着ないほうがいいですか?」
「全部脱いだらもったいないから、肩に羽織りな。
・・・うん。ほら、そのほうがカッコいい」
確かに、羽織ったら、カッコイイ。
「カッコイイ」は、お洒落、の意味でなく
「役にはまってカッコイイ」の意味。
私の役はホテトル嬢。
上着を羽織っただけで、
「ちゃんとした生活をしてない人」の
雰囲気になる。
すごい。ちょっとした服の着こなしで
役が映える。
こんな通りすがり私にそのことを教えてくださる
懐の深さに、私はびっくりしました。
さらにびっくりすることは続きます。
水谷さんが、私の前にぐっと身を乗り出して、
「台詞あわせをしよう」と
言ってくださったのです!!
こんな有名なベテラン俳優さんから
「台詞あわせをしよう」という言葉をいただけるなんて!
ものすごい感激して、
私は、「ハイ」と返事をしました。
「いいよ。考えてきたんでしょ?
好きなようにやってみて」
考えてきた・・・きた・・けど・・
見つかってない・・・・・。(T^T)
そのときの、私なりに、やってみました。
あれ?一人で浚っていた時と違う。
水谷さんのまっすぐな視線に目を合わせていると
それまで「考えてきた」ことが消えていき、
私はものすごくリラックスして、
台詞を言うことができました。
「あ、ねえ、そうくる?そうくるのね?
うんうん。いいよ。ならね、
僕、こう受けるからさ、
もうちょっと早く言える?」
「はい、わかりました。」
そして最後の「覚せい剤やってたんだって?あの人」を
思い切り大声で言ってみました。
「あはは。ねえそれ、面白いよ。
そうくるのね。わかった。
それ、やろう。その代わり、うんと大きな声でね。
ねえ、監督、ここさ、彼女、面白いから、
こっちはアドリブで受けるよ。
だから、君も、僕のアドリブに受けてね」
うっそ。アドリブって。
私は、リポーターや司会の仕事では
どんなアドリブにも対応できますが
芝居となると意外と生真面目(融通が利かないともいう)でして・・・・。
アドリブには自信がない・・・。
と言ってるうちに、
ランスルー。
ランスルーの際、
監督が、カット割りを正式に決めるのですが、
こんな短いシーンなのに、
私のアップが沢山あります。
嬉しい。(^0^)「撮って貰える」んだ!
そして、ワンカットずつの細かい本番が始まりました。
カメラが回った時に、
何かが、私の中で生まれていました。
なんだろう、この感覚は。
そして、自分がそれまで想像してなかった
台詞回しで台詞を言ってました。
私の心の中のもう一人の自分が
「うわ。こういう芝居の方法があったんじゃん。すげえ」
とつぶやいてます。
更に驚くことが起きました。
私のアップの時。
水谷さんは写りません。
普通の俳優さんなら休憩タイム。
でも。
彼は、カメラを背にして、まったく写ってないにもかかわらず
私の顔を「本城刑事」の顔で見つめて
ずっとお芝居してくださったのです。
すごい。なんてすごい人なんだろう。この人は。
本城刑事の目線に引き込まれて、私の芝居が
どんどん想像してない方向に行く。
台詞が、台詞としてでなく、
「自分の言葉」としてどんどん出て行く。
私は、「明美」という人を生み出してました。
神様が降りてきたのです。
私じゃない人になってる。
もう一人の心の中の私が驚いている。
「うわ、うわ、すごい。すごいよ。これって。」
面白いことに
もう一人の私は、このとき、
とても冷静に、神様が降りてきた自分を見てるのです。
最後は監督も乗ってきて、
場面を膨らませてくださって
こういうアドリブで終わりました。
明美:「何がもうひとりなんだかさあ、よくわかんないけどぉ。
んま、そんなこと、ブツブツ言ってて〜〜
・・・・(大声で)ちょっと!覚せい剤やってたんだって?!
あのひと!!!」
レストランの客が一斉にこちらを見る
周りを気遣う本城
本城:「え?あはは・・ねえ、君ぃ、ちょっと声、大きいねえ」
明美:「うふふふ〜〜ん♪よくいわれるのぉ〜〜♪」
ウエイトレスがケーキの箱を持ってくる
それを受け取って本城が明美に渡す。
本城:「助かったよ!どうもありがとうっ!」
受け取った明美、身をよじりながら
明美:「んん〜〜〜ん♪もう、なんでもしちゃう〜〜ん
ちゅ〜〜っ♪」
本城:(無言であきれる)
計算して作ったアドリブでなく
すらすらと自然に言葉と動きが生まれる、この感覚。
私は熱に浮かされたように
興奮していました。
神様が降りてきて、別のものを生み出してくれた、
その感覚に酔っていました。
現場はカットがかかったとたん大爆笑。
監督が「ねえ、君、芝居上手だね。面白かったよ。
さすが、高瀬さんが推薦しただけあるね」と
声をかけてくださって、
そのまま死んでもいいくらい嬉しくて(T^T)。
褒められて嬉しかったけど、
でも違う。私は知ってる。
私の芝居が上手だったのではない。
水谷豊さんが、
私に神様を呼んで下さったのだ。
いや、水谷さんそのものが、
神様だったのかもしれない。
才能あふれる人に
自分になかったものを与えてもらった
あの感動は、忘れようったって、
忘れられません。
水谷豊さんは、天才です。
誰が何と言おうと
私にとって、最も尊敬する俳優の神様です。
短い場面でしたが、
いろんな人に褒められました。
「刑事貴族のときのあみちゃんはすごくよかった。
あのときだけは、芝居が上手い」
(あのときだけは、は余計だろ!とつっこみたいが・・(^^;)・)
と何度言われたか(笑)。
推薦してくださった高瀬先生も
「いや〜〜あみちゃん!
よかった!見事に感情開放できてて、よかった!
みんな褒めてたよ。僕も鼻が高いです♪」
といってくださって、もう嬉しいのなんのって。
こんなに褒められた仕事は
これ以外ない(笑)。
ってことは・・・・・
いかに・・・神様の威力がすごかったかってことで・・・。
ず〜〜っと以前に、
俳優の寺脇康文さんと一緒に飲んだ時に
この話をしたら、ものすごく共感してくださいました。
「そう!そうなんだよ!ユタカさんと芝居してると、
何かが絶対に違うんだよ。
『てら〜〜。お前、そうくる?そうくるんならさ、
零点、何秒かさ、早くからめる?』
(このときの寺脇さんのモノマネはこれまた天才的に上手い・笑)
って言われてさ、
でさ、零点、何秒早く台詞言うとさ、
ユタカさんがそれを受けてすごいテンポが生まれるんだよね。
ユタカさんの、すごさなんだよ。
だから、オレはもう一度、どうしても、
ユタカさんと、ドラマがやりたい。そう思ってるんだ。」
寺脇さんは
「オレにとっても、ユタカさんは神様だ」と仰っていました。
★そして、「カリフォルニアコネクション」を
見事なモノマネで歌ってくださいました(爆笑)★
その数年後、寺脇さんは
「相棒」というドラマで見事にその夢を果たします。
「相棒」を見た時の私の感想。
「ずるいよ。寺脇さん(T^T)」
私もいつか、いつか、寺脇さんのように
夢を果たしたいと思っています。
もう一度、神様に会いたい。
どうしても、会いたい。
私の中に降りてくる、芝居の神様と、
それを呼んでくれる
俳優の神様と。
死ぬまでに、どうか、どうか、
もう一度、神様に、会えますよう。
神様に、祈る私です。
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