始めの一歩
2003年、10月。
毎年11月に開かれる
お稽古場のお浚い会(藤暎会)が近づき、
お稽古場の更衣室には練習用の衣装がずらりとハンガーにかかっていました。
お浚いに出る方のお稽古はますます熱気を帯びてきます。
そんなある日、私は、ふと、ため息をつきながら、
師匠に愚痴をもらしました。
「はぁぁ。いいですねえ。お浚いに出られる方は」
「ん?あなただって、今年は浴衣会に出たし、
来年も浴衣会があるじゃない」
師匠はにっこり笑って仰いました。
「そりゃそうですけど・・・」
「なんだい?何かあるの?」
「・・・衣装をつけて、鬘をかぶって・・
本舞台踏める日って一体私には、
何時来るのかなって・・。はぁぁぁぁ」
実は、お浚いに出るにはタイミングがあります。
準備には長い時間がかかります。
11月にお浚いに出たいなら、その
何ヶ月も前に準備を始めなくてはならなりません。
私の、その時の状況ではとても11月のお浚いに出ることは不可能でした。
でも、9月の浴衣会出演以来、
私の「本舞台で踊りたい熱」はかなり高くなっており、
その気持ちが溢れそうな状態でした。
1年も待てない!!というくらい高まっていました。
そうして、師匠から、
思いがけない言葉を聞くことになります。
「あのね。来年5月にうちのおっかさん(真起子先生)が
国立で、会をやる事になったんだけどね」
「へえー!国立で!いいですねえ!(^^)」
「それに出るかい?」
・・・・・・この瞬間の私は目玉が飛び出そうなほど、
大きな眼を見開き、ひたすら師匠を見つめました。
最初に発っした音声は、確か、
「は」
だったと記憶しています(笑)。
心臓が破裂しそうなほどバクバクして
胸がしめつけられそうです。
いきなり初舞台で、国立劇場?!
え?ええっ!?
いろんな不安がなかったといえばうそになりますが、
もう、私は目の前に用意された
憧れの船に乗ることを
あっという間に決心してしまいました。
「で。でます」
「じゃあそうしましょう。
何を踊るか、また相談して、決めましょう」
そして数日後のお稽古日。
「そういえば。」
「はい」
「藤があいてるってよ」
「・・・藤って・・・、藤娘?」
「そう」
「うわ・・・・・・・。うわあ.」
「いいよ。藤、やっても。音頭でやらせてあげるよ」
「うわっ・・・うわああっうわー」
「どうするの?藤娘にする?」
「イヤ、あのその、ええっとぉ、ええーーー?!」
私はうめき声をあげて、もだえてましたが(^^;)
その瞬間、心は決まっていたように思います。(笑)
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2003年11月のある日、
初めて木の棒をかついで、
「花をあらわす松の藤波〜チョン、ぱっ!」からの
お稽古が始まりました。
私は嬉しくて嬉しくて、笑っていました(^^)。
私が笑っているので師匠も笑っておられました(^^)。
二人で笑いながら始まったお稽古。
私の中で切り取っておきたい、
名場面の一つです。
その後、もちろん、どんどん厳しいお稽古になり、
笑っていられないことが
沢山起きてくるのですが、
へこんだ時にいつも思い出したのは、
このとき、笑っていたこと、でした。
「藤娘」が踊れて、ホントに嬉しいと思ったあの気持ち。
その私の嬉しさを一緒に喜んでくださった師匠の満面の笑顔。
それを絶対に忘れまいと。
それがある限り。何があっても。
絶対にくじけまいと。
何があっても、
師匠を信じてどこまでも
絶対に付いて行くと。
そうして、5月3日を迎えるまで
お稽古をしてきたのでした。
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